7月7日と言えば、誰もが思い浮かべるのが七夕(たなばた)ではないかと思います。皆さんも、幼稚園や小学校の頃に短冊を書いて事もあるのではないかと思います。そんな誰も知る七夕ですが、意外と知らない事も多いのも事実です。

 

そもそも、七夕とは何のために行うものなのか?何が由来なのか?など、言われてみると謎な事も多いです。そこでですが、この記事では七夕の伝説や由来についてスポットを当ててみようと思います。きっとこれからの七夕がより楽しくなるのではと思います(^^)/

七夕(たなばた)の織姫と彦星の逸話について

七夕と言えば、織姫と彦星が1年に1回会うという伝説は有名な話です。ですが、何で1年に1回だけ会う様になったのかという事をひかく掘り下げてみようと思います。

 

七夕に関する逸話とは?

そもそも、七夕物語で繰り広げられる、天空での物語は中国に古くから伝わっている伝説です。その昔、天の帝に織女(しょくじょ)という一人の美しい娘遣えていたそうです。技芸にすぐれ、毎日、機(はた)を織って暮らしていました。

そして、農耕に一生懸命な牽牛(けんぎゅう)と男性と出会い二人は大恋愛をした後に結婚し、二人は夫婦になりました。ところが愛に溺れた織女はあれほど熱心だった機織りを辞めてしまたという事です。

そこで織女の父の天帝は怒って牽牛を織女から引き離しいました。銀河のかなたに追放してしまったのです。但し、嘆き悲しむ織女を見かねた帝は、年に一度、七月七日だけ逢うことをゆるしたのです。

それ以来、7月7日が来ると牽牛は、銀河を渡って織女に逢いに来ました。その日が雨のため、水が増して銀河を渡れないと、鵲(かささぎ)が群れ集まって翼を広げ、橋となって渡してくれました。これが七夕の織姫と彦星の逸話です。

 

つまりですが、この逸話から多くの方に伝えられるのは、決してなまけてはいけないという事でしょう。そして、普段の恵みに感謝するという事を忘れてはいけないという事でしょう

 

七夕(たなばた)の織姫と彦星って、どの星なの?

因みに、織女は琴座の「ベガ」、牽牛は鷲座の「アルタイル」という星です。この二つの星が、年に一度、七月七日の夜に近づくところから、この伝説が生まれました。この二つの星は実距離が14.428光年もあるそうです。

現代の光が満ち溢れた都会の中ではなかなかみる事もない光景かもしれません。もし、街路灯のない場所に行った時は探してみたいところです(笑)

 

七夕(たなばた)の語源は、どこにあるの?

では、前述した織姫と彦星の逸話がどの様に日本の七夕祭りとして定着したのかも見ていく事にしましょう。七夕が日本に伝わったは奈良時代で、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた。

 

「たなばた」の語源は古事記の中に「淤登多那婆多」、又は日本書紀の「乙登多奈婆多」、さらには、お盆の精霊棚とその幡から棚幡ではないかと予測されています。

そのほか、牽牛織女の二星がそれぞれ耕作および蚕織をつかさどるため、それらにちなんだ種物(たなつもの)・機物(はたつもの)という語が「たなばた」の由来とする江戸期の文献もあるあるそうです。

その他にも諸説ある事を考えれば七夕の語源がどこかははっきりとまでは分からないという事でしょう。日本の長い歴史の中で自然と一般に広まったと考えるのが自然でしょう。

 

七夕(たなばた)に短冊を書くのはなぜ?

七夕になると一般的には、短冊に願い事を書き葉竹に飾る事が行われています。短冊などを笹に飾る風習は、夏越の大祓に設置される茅の輪の両脇の笹竹に因んで江戸時代から始まったもので、日本以外では見られないそうです。

「たなばたさま」の楽曲にある五色の短冊の五色は、五行説にあてはめた五色で、緑・紅・黄・白・黒を指し、中国では五色の短冊ではなく、五色の糸をつるすそうです。

 ⇓ ⇓ ⇓ 実際に以下の七夕の歌で「五色の短冊」と出てきます!

 

さらに、上記乞巧奠は技芸の上達を祈る祭であるために、短冊に書いてご利益のある願い事は芸事であるとされています。また、お盆や施餓鬼法要で用いる佛教の五色の施餓鬼幡からも短冊は影響を強く受けているとも言われています。

ですから、七夕に短冊を結いするという事は、日本独自ではある、尚且つ、明確な理由はないにせよ、何らかの時代背景を反映しているのは確かです。

 

七夕(たなばた)まつわる私の思い出♪

日本人って、その行事が何の為にあるのか?何が起源なのか?を知らないけど、その行事を目いっぱい楽しむようなところがありますよね(笑)

七夕もそんな行事の一つかもしれませんが、それでもやはり私も子供の頃に七夕祭りを楽しんだ気持ちはいつまでもあります。幼稚園の頃は、短冊に願い事を書こうとしても文字が書けなかったので適当に絵をかいていました(*´ω`*)

 

でも、今となっては本当に良い思い出です。できれば、私の子供たちにも同じようにいつまでも七夕の思い出は良かったなと思えるようにしてあげたいところです。